2006年12月13日

サンタクロース

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[SANTA CLAUS]


4世紀頃の東ローマ帝国小アジアの司教、キリスト教の教父聖ニコラウスの伝説を起源とする。

「三人の娘を結婚させるお金のない父親の嘆きをたまたま聞いたニコラウスは、気の毒に思って、夜になってからその家に金塊(財布の説もある)を三つ投げ込んだところ、それが靴下の中に入った」という逸話が残されている。

靴下の中にプレゼントを入れる風習はこの伝説による。聖ニコラウスは手に三つの金塊を持った姿で描かれることが多い(若林ひとみ著『クリスマスの文化史』)。ニコラウスは聖人として列聖されているため、「聖(セント)・ニコラウス」という呼称が使われる。これをオランダ語にすると「シンタクラース」(Sinterklaas) である。オランダでは14世紀頃から聖ニコラウスの命日の12月6日を「シンタクラース祭」として祝う慣習があった。17世紀にオランダがアメリカに植民したことが縁で、サンタクロースの語源となった。

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オランダやベルギーのフランドル地方、ドイツの一部地域で今も残る子供たちへのプレゼントの習慣は、聖ニコラウスの祝日12月6日(の前夜)である。
オランダがアメリカに植民し、マンハッタン島にニュー・アムステルダムを建設するのは17世紀の初め、1626年のことであった。しかしその世紀のうちにマンハッタン島はイギリスの手に渡り、ニューヨーク改名される。
アメリカが独立戦争で勝利した後、1804年にニューヨーク歴史協会が創設される。 このとき、アムステルダムの守護聖人であり、学問の守護聖人であった聖ニコラウスを歴史協会の守護聖人とした。 いっぽう英国にはファーザー・クリスマスがクリスマスの日に子供達にプレゼントを持ってくるという習慣があった。これらがミックスされ、聖ニコラウスの祝日12月6日からクリスマス・イブである12月24日移動し、サンタクロースがそのプレゼント役となるのは、19世紀のニューヨークで誕生したものと思われる。
若林ひとみ著『クリスマスの文化史』によれば、その決定的な出来事は、1822年12月23日にコロンビア大学の神学教授クレメント・クラーク・ムーア「聖ニコラウスの訪問」という詩を病に苦しむ娘のために書き、翌年、友人がそれを新聞社に送って作者不詳のまま掲載され、アメリカ中で人気を博したことである。

サンタクロースはトナカイの牽くソリに乗ってやってくるので、北方の土地、あるいは北極に住んでいると思われた。
しかし、1925年になってフィンランドの新聞が
「北極では食料が不足し、トナカイに餌をあげることが出来なくなったため、サンタクロースは、フィンランドのラップランドに引っ越した」と報道した。現在ロヴァニエミ市郊外「サンタクロース村」がある。東京都内の提携企業内に「サンタクロース大使館」を持つ。
フィンランドのラヌア郡と姉妹都市となった青森県の岩崎村(現在は深浦町)にできた「サンタランド白神」に「サンタポスト」(サンタクロース岩崎簡易郵便局)があり、ここでもフィンランドのサンタへの手紙の取り継ぎを扱っている。
デンマークではサンタクロースは、グリーンランドに住んでいると信じられているらしく、「グリーンランド国際サンタクロース協会」が活動を行っている。日本の公認サンタクロースは、ラテン音楽家でもあるパラダイス山元
1984年、スウェーデンのムーラ(モーラ)市郊外にテーマパーク「サンタワールド」ができ、ここにサンタは定住していると主張する。 東京都内に日本代表部として「サンタワールド事務局」を持つ。
ノルウェーのドローバックにユールフーセがあり、日本での窓口は東京のマーケティング会社アナザーワン。また、1984年に北海道の広尾町にできた「広尾サンタランド」は、オスロ市からサンタの第二の故郷として認定されている。これらの日本国内の連絡先に依頼すれば、サンタクロースへ手紙を届けてくれたり、サンタクロースからの手紙を受け取ることができる。
ちなみに、フィンランドサンタクロース中央郵便局による1997年の統計によれば、同郵便局で扱ったサンタクロースへの手紙は合計70万通で、うち13万通(19%)が英国から、10万通(14%)が日本からであった。 また、サンタクロースから差し出された手紙は合計16万通で、宛先の国別では日本が第1位の5万6千通(35%)、第2位は地元フィンランド4万7千通(29%)であったという。

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サンタクロースの乗る空飛ぶソリを引くトナカイ8頭おり、メイジャ・ヘンリ・リヴィングストン・Jr(Major Henry Livingston Jr.)の「聖ニコラウスの訪問」(Account of a Visit from St.Nicholas)によれば、それぞれ以下の名前である。
ダッシャー
ダンサー
プランサー
ヴィクセン
ダンダー
ブリクセム
キューピッド
コメット

グリーンランド国際サンタクロース協会(本部デンマーク)が、煙突登り、クッキーの早喰いなどの体力測定、HoHoHoの発声試験、長老サンタクロースとの面接など、4日間に渡る過酷な試験を経て公認する。現在、世界で120人。毎年、真夏のデンマークで開かれる世界サンタクロース会議に、自宅からサンタクロースの衣裳で向かい、公認サンタクロースのライセンス更新が義務づけられている。北欧には、女性の公認サンタクロースも多数存在する。


サンタ科学的検証


夜間を8時間として2時間の余裕をみるとサンタの活動可能時間は
24+6=30時間
である。
というのは地球は1時間に15度自転するので経度15度の範囲を1時間の割合で活動すると世界中同時刻に活動できる。
たとえば福岡(東経130度23分)で夜9時に活動していたとして北京(東経116度25分)までの地域を1時間かかって活動しても北京ではまだ夜9時である。
1億800万世帯を30時間の活動時間で活動すれば1秒間に1000世帯のサンタ活動をこなす必要がある。サンタが1秒のあいだにしなければならないことはつぎのようなことである。
煙突のそばにソリを止めて、ソリから飛び降り、煙突に飛び込んで、靴下にプレゼントを詰めたり、ツリーになにかぶらさげたり、ケーキのつまみ食いをしたりして、煙突を駆け上がり、ソリに乗り込んで次の家の煙突まで移動するのである。

1億800万世帯÷{(30*3600)秒 x(108000000÷108000)}=1000

地球の総居住可能陸地面積に1億800万世帯が均等に建っていると仮定しよう。大平洋の真ん中や北極には家がないので、訪問する家は意外に密集している。あるイギリス人の試算によれば、平均家庭間距離1.25km,最短総行程距離1億2千万キロであるという。
この距離には高速道路のパーキングエリアやプレゼント補給倉庫などへの寄り道は考慮されていない。サンタの持ち時間をすべて移動に費やした場合、1億2千万キロメートル/108000秒=秒速1100キロであって音速の約3000倍の速度である。
すなわちマッハ3000であり、最高速のジェット戦闘機の1000倍以上の速度である。


::The End::





Norad Tracks Santa
http://www.noradsanta.org/index.php

Joulupukin Kammari - Santa Claus Office (英語)
http://www.santaclauslive.com/

Disco Dancing Santa(英語)
http://www.northpole.com/Clubhouse/DancingSanta/

サンタクロース研究所
http://www.santa-lab.com/lab/

パラダイス山元さんのブログ
http://yaplog.jp/santa/


posted by チェ・キバラ校長 at 23:00| 大分 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
べっ、べつにあんたなんかに興味は無いんだからね!+.(・∀・).+★ http://ktjg.net/
Posted by ぷぅにゃん at 2011年11月21日 20:44
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